脱力のスゴ技 <鱧の骨切り>

6月1日より、鱧を始めます。

 

おそらく今年も、たくさんの鱧を扱うことでしょう。

 

我々のような酒亭としては、また単なる居酒屋としても、毎年・・段違いな数をこなしていると思います。

 

1日の客数が100名から上の修行時代と、大して変わらない量を坐唯杏では扱っていますから。

 

東京で鱧と言えば、坐唯杏。

 

気軽な価格で、本物を味わう店としては、そんなイメージが定着したのでは・・・なんて、おこがましい事も考えていますが、鱧と言う魚は、本当に難しい魚であります。

 

もう何年も前に、これだけの仕上がりを見せれば、相当な所だろう、などと思い上がった事を考えていた時期もあります。

 

 

事実、仕上がりを口にして、他店とは比べ物にならない位の細かい骨切りをして、仕入れる素材も厳選のものでしたから、ある程度のレベルは、ありました。

 

ところが、やればやるほど高い頂上が見えてくる。

 

ゴールが遠ざかっていくのを感じてしまうのが、板場の仕事です。

 

より高い頂が見えて、より遠いゴールを感じてしまうのです。

 

正直言って、あの頃の自分はガチガチでした。

 

力が抜けずに、力づくで骨をぶち切っている様なイメージでした。

 

49歳になった当時、力ではなく呼吸で包丁を使う、自然な動きで包丁を滑らせて、鱧の身に包丁が入っていくのを感じました。

 

若い頃には分からない感性が、ある程度の年齢になって湧き上がってきた、そんな感覚です。

 

 

 

武内の頭の中で骨切りの見本としているのは、弥保希時代に料理顧問をしておられた河野先生の包丁捌き。

 

見事に力の抜けた包丁使いで、決して細かい骨切りでは無かったんですが、鮮やかな切れ味と、実に滑らかな仕事を見せて頂きました。

 

違った意味での手本となったのが、丸の内の弥保希の調理長をやって折られた先輩、当時は新宿の住友ビルの52階で調理長をやられていた方の骨切りです。

 

全神経を集中して、まざに精魂込める・と言うような気合の骨切りを教えて頂きました。

 

どちらも正解で、どちらも正しい、仕事に対するスタンスです。

 

 

ただし、本当に良い仕事をする時は、リラックスした状態で力を抜いてパフォーマンスだけは最高を目指す。

 

いや、無に近い状態だからこそ、それまでに鍛錬してきた動きが自然と出るような感覚でしょうか。

 

夜の営業中に骨切りした鱧が無くなって、オーダーの合間に鱧を取り出し、一気に骨切りをする事がありますが、本当に集中していると、リラックスしているのに周囲の音や、物が見えなくなる時があります。

 

チームのトップとして、どうかとは思いますが、そう言う時の骨切りは、自分でも納得のいく仕上がりになる事が多い。

 

骨切りを終えて、ふと気が付くとカウンターの前のお客がガン見していたりします (笑

 

 

 

カウンターで実際に鱧の骨切りをしている所なんかは滅多な事では見ることが出来ないでしょうから、珍しいのは言うまでもありません。

 

 

でも、本当にリラックスした状態で集中している時ほど包丁は早く動いているようです。

 

思わず、見とれて頂けるのも、そんな時が多いです。

 

とにかく、鱧の骨切りも体調の思わしくない時や、呼吸が乱れている時は、調子の良い時に比べて絶対に良い仕事は出来ません。

 

仕事はまず、自己管理です。

 

それと、まだ、ハッキリと理論立て手説明は出来ませんが、リラックスと集中を作り出すのは呼吸法と言うのも、書き添えておきましょう。