ゆるされる贅沢 <にぎり寿司の想い出>

武内が修行先として選んで、銀座の土佐料理の老舗に勤める様になったのは、21歳の時です。

 

満足に魚も卸せない、刺身の向きや和食のお約束ごとも全く分からない時からお世話になり、10年間と言う1番良い時期を過ごさせて貰いました。

 

特に師匠には、事あるごとに引き立てて頂いて、今の武内があるのも師のおかげと、感謝しています。

 

勤め始めて、半年後。

 

大抜擢がありました。

 

なんと、刺身場への配置転換があり、店の看板とも言える刺身を担当する事になったのです。

 

 

満席で100名様を超えるキャパのある店で、しかも時はバブルの真っただ中。

 

猛烈に入るご注文、殺到する様に始まる予約のご宴会に、ただただ目の前の伝票のみ、必死に取り組んだのは、今となっては良い想い出です。

 

ただし、その中でネックになったのが「にぎり寿司」でした。

 

「寿司は握ったことがあるか?」と、訊かれて・・

 

「えぇ、賄でなら多少・・」と答えたら、

 

「ほう、だったらプロやか」の一言で、営業へ突入。

 

本当に銀座の一等地、しかも老舗の出す寿司が自分の握りで良いのか・・・。

 

 

そんな疑問も最初はありましたが、営業に入ってしまうと、何も考えるゆとりはありませんでした。

 

刺身場の様に包丁を持つ仕事は、とにかく右手から包丁を離さない、包丁を置かないのが速く仕事をするコツです。

 

そのコツが全く通じないにぎりの仕事。

 

最初は、にぎりのご注文が入るのを恐れて、腰が引けていましたが、途中で一念発起。

 

むしろ、にぎりのご注文に対してファイトを感じる、気持ちに変わって何とか1人前に、ご注文を捌ける様になっていきました。

 

 

刺身用のサクと、にぎりのサクでは、実は仕込みの段階で変えるのが普通です。

 

でも、にぎりのご注文は刺身に比べたら、少数で刺身用のサクからネタを引いて仕上げる為、ネタの引き方が難しい。

 

そしてネタを引いた後のサクも、また刺身にするのが難しくなる。

 

とにかく、全開のスピードモードで仕事をしている時に、頭を使って考えながらネタを引くのに苦しみました。

 

それも、最初から想定してにぎりのご注文が入ったら、と言うシュミレーションをしながら刺身を引いていく事で、ずいぶんと改善されました。

 

 

とにかく本当に苦しみましたが、徐々に考えなくとも自然にネタが切り出せるようになる。

 

ここまで来るのに、1年以上を費やしました。

 

その間・・常に左の二の腕は痣だらけ。

 

師匠が、刺身場の左側に立って、ビシビシと指導して頂いたので。

 

そんなにぎり寿司の想い出ですが、五月の連休中の休日膳は、寿司御膳を提供しました。

 

にぎり5貫、巻物3貫、海老と鱚の天ぷらに小うどんを添えて。

 

ゆるされる贅沢を、存分にお楽しみ頂きました。