サワラぬ神に・・・ <身割れのお話>

さて、本日の話題は「身割れ」と言うことですが、魚を扱う上で最低限、気をつけなくてはいけないのが、この身割れです。

 

骨が入っている・・と言うのは論外として、案外・・この身割れに無頓着な職人もいて、その価値観の共有には苦労もあります。

 

身の割れた魚は、これはもう、大変な苦労をしますし、商品としても使い物にならない時もあり、大変な損失となります。

 

身の割れやすい魚といえば、野締めの鯛や鰆、きつね(ハガツオ)なんかも、相当に手ごわい魚です。 

 

特に、鰆は上手に卸さないと、それはもうスダレの様になって、到底切り身になりません。

 

その手ごわさを、表した厨房の言葉に「鰆ぬ神に祟りなし」と言うのもあります。

 

 

つまりは、身の割れやすい魚ですから、なるべく扱わない様にしろ・・と言う、何とも消極的な言葉なのですが、本質を突いているのかもしれません。

 

他には、案外難しいのが鯖、けっこう厳しい魚です。

 

用途にもよりますが、バッテラなんかを作るときには身が割れていたら、綺麗な押し寿司には、決してなりませんから、バッテラの時だけは若い者に触らせない、そんな親方もいました。

 

とは言え、身割れを防ぐ確実な方法もあります。

 

それは、骨に包丁が引っ掛からない様に、適切な場所に包丁を入れながら、それでいて決して骨から包丁を浮かさない事です。

 

骨ギリギリの所に包丁が入っていて、骨の跡がくっきりと付く様に卸せば・・ほぼ、身の割れる事はありません。

 

文章にすると簡単ですが、これも年季の要る仕事です。

 

 

そして、もう卸し方・云々、通用しない場合もあります。

 

マグロやカジキで身割れしている場合です。

 

生のマグロやカジキは、魚自体の重みがかかって、下身が割れる時があります。

 

そうすると、もう商品価値が一気に下がりますが、食べたら同じ旨い魚です。

 

でも、刺身として造れません。

 

綺麗な切り身を造る。

 

これが刺身の第一条件です。

 

それが繊維に沿って、好き勝手な所でばらけてきたら、全く刺身としては使い物にならないと言う事です。

 

繊維の幅が大きいから、繊維に沿って割れてきて、サクにとる時には、もうすでに相当に厳しい状況。

 

それを、刺身に造るとなると、同じ切り身を幾つも造る、なんて事は不可能、そういう魚も時としてあります。

 

ところが、商品価値が下がっているのを、敢えて仕入れる場合もあります。

 

 

 

その分、低価格で旨い魚が仕入れられると思えば、体裁に拘らなければ、かなりお徳だからです。

 

では、そういう魚をどう使うか?

 

それは、もう必死に細かい所から綺麗に造って、割れていない部分と組み合わせて使う以外には、ありません。

 

ちゃんとした魚の2倍・3倍の時間と手間が掛かります。

 

でも、使い道がネギトロとかなめろうだったら?

 

全く問題が無くなるわけです。 

 

それでいて、通常の半値ほどで仕入れられる。

 

 

たしかに繊維のある素材と言うのは、繊維を細かくすればするほど、味わいは落ちると言われています。

 

だから、きちんとした身を、無理やり・・そういう使い方にする時は絶対にありませんが、適材適所、用途に応じた仕入れも、時には必要なのです。 

 

安価に仕入れて、お得で、しかも旨い食事が仕立てられれば、現在の景況の中にあっては、求めている方も多いのではと感じます。

 

身割れの魚とはいえ、使い道によっては上手に生かせる。

 

でも、身割れしていない魚を、扱っている最中に、身割れさせるなんて言う事は絶対にあってはいけない事ですから、それだけは避けなくてはいけません。