白にトキメク、ひな祭り <上巳の節句>

上巳(じょうし)の節句、桃の節句とかひな祭りとか・・現在のように女子のための行事として確立されたのは、実は歴史的には、さほど古くはありません。

 

江戸時代から明治時代にかけて、江戸の町文化から発展して全国に広まったと言うのが「日本風俗史の研究」という文献には記載されています。

 

節句の起源は中国にあり、古くから日本にも伝わり平安貴族の間では盛んに、行われました。

 

それも時代と共に、変遷を重ねてきたのが日本の節句です。

 

当時の習慣は、ひな壇を設け、緋毛氈を敷き、屏風を立て、紫の幕を張るという厳かなものでして。

 

供物は、菱餅、葩煎(はぜ)と言う糯米を炒ってはぜさせてつくる菓子や煎り豆、栄螺(サザエ)や蛤(ハマグリ)を供えます。

 

親しい人を招き、赤飯や白酒を振舞う。

 

また近郊名産の野菜を使った膾(ナマス)や摘入汁(つみいれじる=つみれ汁)も定められていたとの事です。 

 

女の子が生まれて、初節句を迎える家には雛人形を贈って祝う習慣もあります。

 

 

 

祝いを受け取った家では、その方をお招きして、宴を開き白酒をお返しし謝意を表したとされています。

 

白酒は、元々は博多を名産地にしていた練酒の一種で、清酒に卵の蛋白と白砂糖を加え、弱い火で静かに煮て作るものでした。

 

現在のように、蒸したもち米と米麹、焼酎を合わせて擂り潰す形になったのは江戸時代の後期との事です。

 

いずれにしろ、色が白く口当たりは滑らか、甘美な味わいを持った白酒は女性の嗜むには相応しいお酒だったようです。

 

和食の世界にも、上巳の節句の料理には白酒焼きという一品があります。

 

塩を当てておいた魚の切り身に、白酒をかけ焼きにする。

 

風味の良い一品です。

 

と言うことで、ざっとですが上巳の節句についてお伝えしました。

 

武内家も来年は、初節句を迎える子がふたり・・

 

今年は静かに過ごしてみようと思います。