コピーが自己主張 <イタリア蒸しにまつわる話>

最近・・たびたび感じる嬉しい事は、 

 

それはイタリア蒸しに似た料理が、かなり普及してきた事です。 

 

一般のご家庭の主婦の方に到るまで、チーズを入れた茶碗蒸しを仕立てている方がいたり、大手居酒屋のチェーン店のメニューにトマトとチーズの茶碗蒸しなんて言うのを、見かける事が増えてきました。 

 

自分の料理が真似されて、嫌な気持ちか・・・と言えば、それは全く感じません。

 

そもそも、料理の世界には特許なんて言う考え方はありませんし、イタリア蒸しを発表したのが、日経レストランのメニューグランプリと言う、すぐに提供できる創作の一品を発表する場です。

 

 

 

 

プロの方に向けてのコンクールと言う事は、言い方は悪いですがパクル事が前提の場所で公開されました。 

 

イタリア蒸しが準グランプリを受賞した直後から、チラホラ、大手の居酒屋さんでも、似たメニューを見かける様になり、 

 

ここに来て、かなり浸透して来たのを実感しているわけです。 

 

料理の世界には、元は単なる創作の一品だったのがすっかり浸透して定番の一品になった物が、沢山あります。 

 

例えば、アサリバターなどは良い例で・・

 

ちょっと記憶が定かじゃないですが、アサリバターは庄屋が世に出して一世を風靡した一品だったと思います。 

 

似た様な例で言えば、坐唯杏の四川担々うどんも、うどんのチェーン店で全く同じ名前でパクられたり(笑 

 

焼枝豆なんかも、今では提供する店が増えていると聞きます。 

 

そして、そう言う風に真似される事が、嫌かと言えばそう言う感覚は全くありません。 

 

むしろ、武内が提案した一つのレシピがドンドン発展して、多くの方に浸透していくのは、むしろ嬉しい事です。 

 

同じレシピで作ったとしても、料理人が違えば出来上がるものは別物です。

 

 

 

決して同じ物は出来ないし、また料理人ならば人と同じ物を作りたくもないでしょう。 

 

なんのためらいも無くコピーを作ろうとする者も、中にはいるかもしれませんが、コピーを目指しているうちは、決してオリジナルは抜けません。 

 

いかに、その店に合わせたレシピに、そして自分らしいレシピに手直しし、自分なりのオリジナルを追及するかです。 

 

コピーがコピーを抜いて、オリジナルに進化する時に、その料理は本物になりえるのです。 

 

そういう意味では、武内も他の料理人の一品から、多くのヒントを貰います。

 

料理人は修行の頃から、コピーを作ることを勉強します。

 

そのコピー能力こそ、まずは必要なスキルですから。

 

でも、その先にある本物を作り出す時の壁こそ、1番の難関。

 

この難関が、実は1番楽しい仕事でもあります。