非凡な平凡 <素材との対話>

「素材との対話」と簡単に言いますが、多くの経験や約束事の多い和食の世界で素材を見て、何に仕立てるかを決めて、その仕立て方も無限にある中でひとつの料理を完成させることは、そうそう簡単な事ではありません。

 

以前、ホリエモンさんが何年もかけて修行をする人間はバカだ・・だったか、 (原文のままかは自信が無いですが、こんな意味で受け取りました) 仰っていた事がありましたが、本気で基礎から料理の道を極めようとすれば自ずと、何年もかけた一生を費やす勉強だと言う事は武内の認識です。

 

ですが、世の中には「天才」と呼ばれる人種がいます。

 

武内も修行時代に、そう言う人種と仕事をする機会がありました。

 

左利きの人間が、右手で包丁を使って武内よりも速く正確に切付を進めていくのを目の当たりにして、完全に自信を喪失した事もあります。

 

 

 

 

でも、その天才が更に、上には上がいると仰ってたのですから、もう雲の上での出来事です。

 

そう言う人に教えられた、素材との対話ですから雲の上での会話かと言うと実は、そうでもありません。

 

確かに高いレベルには高いレベルにしか分からない、対話が存在します。

 

でも、我々凡人には凡人が出来る対話があると言う事です。

 

例えば、天才が考える料理には天才にしか分からない趣味や嗜好が反映されますが、凡人は誰もが分かる、多くの人を惹きつける趣味、嗜好が発揮されると言う事です。

 

素材との対話をすると言う気持ち、まずはそこからです。

 

肉や魚、野菜をスーパーで見かけて、この素材を○○に仕立てたら美味しいのでは・・と、想像して、実際に仕立ててみて、食べて検証する。

 

 

 

もう、それだけでも素材との対話が始まっています。

 

ただただ、○○が食べたいから・・と、食材を集めて料理を仕立てる。 

 

そこには、対話を無視した目的しか存在しません。

 

○○を仕立てる為には、~~な素材を仕入れて、××な仕立て方をすればさらに美味しくなるのでは・・

 

その想像力と、実行力。

 

そして、食べた時の感度が、素材との対話の第一歩。

 

あらためて、お伝えする事では無かったかもしれません。

 

 

 

 

そんな事なら、もう既にやっている・・と言う人は天才に近い人です。

 

料理と言うのは全て非凡な平凡の上に成り立っているのですから。