ドラマチック・サーモン <鮭のお話>

武内などは子供の頃から、東京で育ったので正月の魚と言えば、

やはり荒巻鮭(新巻鮭)を1番に思い浮かべます。

 

鮭の漢字、これがまた伝わる段階で誤用されたとの説が濃厚です。

 

「鮭」と言うと、元々はフグまたはお惣菜を意味していました。

 

正しくは魚偏に生まれると言う字「魚生」を書くのがサケを意味する

漢字です。

 

いつの頃からか鮭の字を使って、それが一般的に普及したとの事。

 

馴染みの深い魚にしては、どうにも納得のいかない話です。

 

さて日本の食文化に於ける「鮭」の歴史は、遠く平安期に遡ります。

 

 

鰹、イカ、鯛などと並び宮中で催される祭祀には欠かせない魚でした。

 

宮人の、しかも位の高い人への給料として支給されていたとの記録もあります。

 

「延喜式」と言う文献には、日本の各地から宮中に献納されていた事が記されていて、信濃、若狭、越前、越後、丹波、丹後と広い範囲で鮭の漁獲があった事を物語っています。

 

そして、その生態は誠にドラマチック。

 

鮭の仲間の多くは河川で産卵し孵化した稚魚は川を下り、広い大洋で23年過ごした後に生まれた河川に帰って来ます。

 

この生態を「産卵回遊」と言いまして、生まれた川に帰るのを「母川回帰」と呼びます。

 

かなりの高い確率で、生まれた川に間違わないで帰ってくると言い、その能力は

嗅覚であるとも、太陽コンパスであるとも言われますが、正確には分かっていません。

 

広い大洋では、容易に地球を半周程すると言われていますから、その能力は

凄い事です。

 

また鮭は川を上り始めると、一切のエサを口にしません。

 

海で蓄えた脂肪を消費しながら、産卵を終えると力尽きて息絶える。

 

壮絶な最後を迎えます。

 

この様に、川で生まれて海で生活するものを走海型と言い、海には下らず

河川や湖沼で生活するものを陸封型と呼びます。

 

この陸封型の鮭を「鱒」と呼ぶ事が多いのですが、ヒメマスなどは海に下ると

紅サケとなるのが一例です。

 

今では何気なく、食卓に上る鮭の切り身ですが、その一生には壮絶で、しかも雄大な

背景があります。

 

鮭の切り身、口にする時は思いを馳せてみてはいかがでしょうか。