佐藤春夫さん 「秋刀魚の歌」

良い文や、詩、歌や句に触れると、感覚が研ぎ直された様に清々しい気分になります。

 

それが、自分の人生と共感するものであれば、いっそう!その感覚が強く、あらためて文学の魅力を感じるのも、秋という季節の賜物でしょうか。

 

さて、武内でも知っていると言う、佐藤春夫さんの「秋刀魚の歌」。

「さんま苦いか、塩っぱいか・・・」

 

この一節が有名ですが、全文をご存知の方は、その意味が心に沁みていると思います。

 

秋刀魚は旨い魚です。

 

ですが、どこか哀愁を感じるところが詩人の心を捉えました。

 

鮎の時にも、散々紹介した言葉ですが、

 

「鮎の料理に百珍あれど、塩焼きを以って最高とする」

 

秋刀魚も、塩焼きが何と言っても最高ですが、開いて蒲焼にしたり、秋刀魚飯や、秋刀魚の寿司など調理法は多彩です。

 

 

 

 

ただし、その秋刀魚も優れた詩人の題材になると、塩焼きを

以って塩焼きを凌駕したかの味わいがあります。

 

では、ご鑑賞下さい。

 

 

_______________

 

 

あはれ

秋風よ

情あらば伝へてよ

――男ありて

今日の夕餉に ひとり

さんまを食ひて

思ひにふける と。

 

さんま、さんま

そが上に青き蜜柑の酸をしたたらせて

さんまを食ふはその男がふる里のならひなり。

そのならひをあやしみてなつかしみて女は

いくたびか青き蜜柑をもぎて夕餉にむかひけむ。

あはれ、人に捨てられんとする人妻と

妻にそむかれたる男と食卓にむかへば、

愛うすき父を持ちし女の児は

小さき箸をあやつりなやみつつ

父ならぬ男にさんまの腸をくれむと言ふにあらずや。

 

あはれ

秋風よ

汝こそは見つらめ

世のつねならぬかの団欒を。

いかに

秋風よ

いとせめて

証せよ かの一ときの団欒ゆめに非ずと。

 

あはれ

秋風よ

情あらば伝へてよ、

夫を失はざりし妻と

父を失はざりし幼児とに伝へてよ

――男ありて

今日の夕餉に ひとり

さんまを食ひて

涙をながす と。

 

さんま、さんま

さんま苦いか塩つぱいか。

そが上に熱き涙をしたたらせて

さんまを食ふはいづこの里のならひぞや。

あはれ

げにそは問はまほしくをかし。

 

 

___________________

 

 

<情〔こころ〕>

<夕餉〔ゆふげ〕>

<食〔くら〕>

<酸〔す〕>

<児〔こ〕>

<腸〔はら〕>

<汝〔なれ〕>

<団欒〔まどゐ〕>

<証〔あかし〕>

<幼児〔おさなご〕>

 

 

佐藤春夫さんが貫いた純愛。

 

悲しくも淋しい時期を、秋刀魚の塩焼きと共に

過ごしていました。

 

詩人の背景にある物語を知ると、またいっそう

秋刀魚の塩焼きの味わいが伝わって来ます。

 

秋刀魚苦いか・・・

 

時代を超えた味わいが、そこにはある。

 

今年もまた、秋刀魚の季節。

 

じっくりと噛みしめて味わう事に致しましょう。