吸い口のお話

日本料理でお椀と言うと、吸物の場合は特に、その構成に

固い約束があります。

 

椀種、椀褄、吸い口を椀に決めて、熱々の汁を注ぐ。

 

椀種には、その季節を代表するメインになる素材を使い、

椀褄には、添え味・・つまりメインになる素材に対して相性の良い

素材を脇役として添えます。

 

この脇役の仕事次第で、主役がいっそう輝くと言うのは、言うまでも

ない事ですが、そこに香りを添えるのが「吸い口」の役目です。

 

例えば春の最中、堀りたての筍と新物の若布を組み合わせた

「若筍椀」と言う一品があります。

 

 

筍と言う椀種に対して、新物の若布が椀褄と言う考え方で、さらに

木の芽・・山椒の若芽の香りを添えるのが伝統的な手法です。

 

「吸い口」と言うのは読んで字のごとくです。

 

椀種や椀褄の1番上に添えられていますから、口を付けるお椀の

所へ近づけて、その素材を通した汁を味わう事で、香りを楽しみます。

 

木の芽の場合でしたら、春の息吹・・生命の躍動する木々の香りを

満喫できますし、これが例えば柚子の場合なら、印象的な甘味を

伴った柑橘系の安心の香りで、気持ちがしっとりと落ち着きます。

 

 

香りと言う物は不思議な物で、深層心理の奥深い部分に直に

届きます。

 

潜在意識に浸透し、表面的ではない知覚や記憶の部分で確実に

心に刻まれます。

 

更には、吸い口の香りには、移り香にムラが出来て、自然と汁の中に

濃淡やリズムを作る効果もあります。

 

一定のリズムよりも、少しだけ調子を狂わせる事で、より味わいへの

集中力が高まるのは、濃淡のある豆腐や、細かい挽肉に粗挽きの

挽肉を混ぜたツクネ、ハンバーグなどを想像して頂ければ分かりやすい

でしょう。

 

椀種、椀褄の持つ動物性のアクセントを、柔らかい印象に変えて、

さらには、味わいと香りの調和により、より高い完成度に導く役割。

 

それが吸い口の効果です。

 

春の木の芽から、花山椒や、実山椒、粉山椒へと1年の中でも

山椒ひとつとっても、その使い方、使う素材が変わります。

 

また、蛤の吸物や、鯖の船場汁の様に胡椒を吸い口に使う場合も

あります。

 

ちょっとした知識と挑戦で、いつものお椀が激変する場合もありますから、

「吸い口」と言う手法、ぜひ!ご記憶ください。