食材の価値

高級食材と呼ばれるものがあります。 

 

なぜ高級かと言えば、当然のことながら原価が高くてなかなか、手が出ない食材だから・とか希少なもので手に入りづらいから・などの理由があると思いますが、それは人間社会の市場原理に基づいた考えです。

 

たくさん出回る、鯵や鯖だって、希少な魚だったら価値は違ってきます。

 

天然のとらふぐは獲れる数も少なく、市場にもそんなに出回らないから高くなるのであって、東京湾にも、うようよ居る様な魚だったら、家庭の主婦でも捌ける様な魚に認識されていたかもしれません。

 

 

 

でも、鰯や鯵、鯖でも1本の魚には一つの命があって、それを人間は頂いている訳です。 

 

命の上での価値で言えば、とらふぐも鰯も同じですよね。 

 

食べることの意味、それは、もちろん生命を維持する事にありますが、

他の生き物の命を貰って、自分たちは生きている事を前提に置きつつ、食材の価値と言うものを、我々は考えなくてはいけない時期に来ている様に感じます。

 

 

市場原理だけに捉われていると、千葉で揚がったとらふぐが、トラック便で下関に運ばれて、価格が3倍になって東京に帰って来る・なんて事も起きるわけです。

 

 

 

それを食べた人たちが、「やっぱり下関のとらふぐは美味しい」って事になるのかもしれませんが、何かが狂ってます。 

 

 

たとえば現在、坐唯杏ではトロカジキの丼や御膳を提供していますが、決して安いだけの食材ではなく、それ以前にじんわりと旨い、自然の力のみなぎる、パワーを感じる食材です。 

 

これが、他の魚、例えば本マグロやサーモンなどとは比較できないし

その物の価値のみを真摯に見つめる気持ち無くしては、食材の

本当の価値を判断する事は出来ないのです。 

 

と、理屈っぽいことを書いてしまいましたが・・・

 

 

 

自分の知らない食材が出てきたら、目を閉じて舌の上だけで

味わい、感じてみる。  

 

我々、料理人は、色々な情報に惑わされない訓練を受けて来ましたから、味わいだけで判断する事に長けていますが、一般の方は味わいよりも情報を8~9割、食べているとも言われてます。 

 

本日は食材の価値と言う話題でしたが、価値を知るには経験値を上げる事も、確かに必要ですが、他の情報をシャットアウトして自分の感応や感性だけで判断する技術を磨いていく事も大事な事では、ないでしょうか。 

 

以上が4年ほど前に、お伝えした事です。

 

 

市場原理において、高い安いが決まり、その上で消費者が自分の

決めた対価と見合う物を求める。 

 

この原則は絶対のものですが、決して高い安いが素材の判断基準ではないと言う事も頭の片隅には、必ず置いて消費行動を決めなくてはいけない。 

 

・・・こんな事を書くと、一方的に安い物でも価値があるという一面だけに注目する人もいますが、高い物にも大きな価値がある事が多いのも事実です。 

 

対価と言うのは重要な判断基準ではありますが、高額な物、安価な物と言う価値観では計れない価値にこそ、食材の価値があるのです。