出来ない奴ほど批判する

朝、女性用のトイレにある一言メッセージを何枚か読みました。

 

「幸せになりたい」

「結婚したい人がいる」

「子供が欲しい」

 

・・・などなど、微笑ましいメッセージが女性用のトイレには

溢れていますが、その中に批判的なメッセージもあります。

 

「感じ悪い」

「食べる物が無い」

 

このメッセージを書いた人が、そう感じたのであれば、それは

紛れもない真実であり、事実をありのまま言葉にしたものです。 

 

我々は、そんなメッセージから何かを学び、改善に努力するのが

務めです。

 

 

 

とは言え、この批判・・・

 

掴みどころがない批判なのです。

 

感じが悪い…と言うだけでは、全く具体的な指摘が無く、

食べる物が無い…に至っては、我々飲食店なら、むしろ飲み物と

食べ物しかないのが事実です。

 

 

ネットのSNSを見ていても、この便所の落書き風な批判が多い事に

実に嘆かわしい匿名投稿の実態が見えます。

 

思想や主義の違う、個人や団体を、その思想だけならともかく、

顔かたちや、声にまで言葉の刃が突き刺さっています。

 

先日、話題になった「日本死ね」などは、その典型。

 

こんなメッセージを発信する人間が、真っ当な努力を重ねている様には

武内は感じません。

 

42.195kmのマラソンを走った人間は、決してマラソンランナーを

批判しません。

 

体力と精神力の限界・紙一重の所で辛さ・苦しさと闘っている人を

批判する権利がない事が分かるからです。

 

 

我々が、他の飲食店を視察に行くとき、

 

減点法の様な物の見方をしていても、全く得るところはありません。

 

大手のチェーン店であっても、ビジネスとして小さな個人店よりも

優れている所があるからこそ、商売が成立してるからです。

 

SNSでの批判も、出来ない奴ほど感情的な掴みどころのない

批判を繰り返します。

 

 

その人間が、信じる思想や団体に対して障壁になってる人や組織を

批判すること自体は、別にそれぞれの人の自由です。

 

 

ですが、そこに真っ当な論拠や倫理が無ければ、それはただの

便所の落書きでしかない。

 

 

つまりは、出来ない奴ほど、つまらない批判を繰り返す。

 

 

こんな事を書くと、批判する人を批判する武内こそ、出来ない奴との

想いも湧いてきますが、冒頭の女性用トイレのメッセージ。

 

 

感じ悪い、食べる物が無い ・・・からも、我々は何かを学ぶべきとも

考えます。

 

それは、それが我々の仕事だから。

 

 

出来ない奴をファンに出来れば、出来る人間は圧倒的なファンに

育てられる可能性がある。

 

 

上からの目線で非常に恐縮ですが、自分は、その出来ない奴に

身を落としたくない、、と言う利己主義なのかもしれません。