お酒のお話 ・・・神からの授かりもの

良い酒、悪い酒。

 

豊かな気持ちになれる酒、貧しい気持ちになる酒。

 

美味い酒、不味い酒。

 

酒にも色々ある・・・様に感じますが、実は酒には一定の

価値があるだけで、その違いを認識しているのは呑む者の価値観でしか無いのかもしれません。

 

・・・というのは、3年前の坐唯杏通信の記事です。

 

丁度、今頃の時期・・・何年ぶりかに樂旬堂・坐唯杏では公式にスタッフが全員集合して行った飲み会が開催されました。

 

3年前の、この日・・・

 

冒頭、武内の挨拶では樂旬堂・坐唯杏の完全復活を宣言しました。

 

不調に喘ぎ、逆境に次ぐ逆境、そしてスタッフの・・ほぼ総入れ替えから完全に利益を出せる経営に転換した事を報告、宣言して、

 

大いに当時のスタッフと共に盛り上がったのです。

 

この日の酒の旨かったこと。

 

決して忘れられない、酒の味わいです。

 

 

酒という飲み物は、喜びは2倍に、悲しみは半分に、そして人と人を

潤滑に繋げてくれる、神からの授かり物という感覚が武内にはあります。 

 

とは言え、数々の数え切れない位の失敗も、酒の上ではありました。 

 

言わなくて良い事を口走ったばかりに、大切な人間と断絶した事。

 

若い頃のエネルギーの発露の仕方を、酒の力を借りて間違った方向に発揮してしまったり。 

 

それは、酒という存在から考えれば、ありきたりの失敗談でしか

ありませんが、肝に銘じて認識している事があります。

 

 

それは酒を飲んだ量、酔ってる・酔って無い・・は関係ないと言う事です。

 

 

 

酒を飲んだ人と、素面の人では、もう立場が全然違う。

 

大げさに言えば、人間の種類が違うと言う事です。

 

武内は仕事前に酒を飲んだり、、酒を飲みながら仕事をしたりの

けじめの無い事が嫌いです。

 

と言うのは、数々の失敗をして学んだからなのですが、酒に対して

けじめの無い人間が酒を扱うプロの中にも多いこと。 

 

非常に残念です。 

 

加えて、料理人の中にも全くけじめの観念が無い者もいます。

 

残念を通り越して、ある種の嫌悪感もあります。 

 

酒を呑んだら、酔ってる・酔って無いではなく「酒を飲んでる人」という種類の生き物になることを自覚しなくては、ならないと言う事です。

 

 

お酒が好きだからこそ、大好きだからこそ認識しなくてはいけない

大切なルール。 

 

一般的な常識で言えば当たり前の事ですが、当たり前の事だからこそつい疎かになる事もあります。

 

 

今日、3月9日・・サンキューです。 

 

神からの授かり物、お酒に感謝を込めて。

 

自戒の念もこめて、今夜もお酒を楽しもうと思います。

 

 

 

 

  2016年3月9日 武内剋己