言葉を紡ぐ  <象徴の言葉>

Facebookの記事で、実に分かりやすい比喩を見かけました。


『「台風を放棄する」と憲法に書けば台風が来なくなるのか?』



日本が戦後70年、戦禍に遭わずに我々が平和に暮らしてこられたのが憲法9条に、「戦争を放棄する」と書いてあったからだと主張する、人たちがいます。


間違いではないと思いますが、決して正解ではありません。


その比喩が


「台風を放棄する」と憲法に書けば台風が来なくなるのか?


という一文で、完全に表現されている気がします。



言葉は、使う立場やシチュエーション、環境や時代によって様々な

意味を持ち、その言葉を聞いただけでは全てを把握する事が

難しい、深遠な意思の伝達方法だと思います。

 

 その言葉を操り、紡ぎ、駆使して思考を表現し、意見を述べ、

詳細な状況を伝達する。

 

 そして受け取ると言う、人間にとって非常に大切なアイテムです。

 

難解な手法でありながら、大事な役割を持つ「言葉」と言う物を

人間として、社会人として、そして経営者として絶対に軽視しては

いけません。

 

 

その、象徴として武内は、この言葉の事例をいつも使います。

 

小さな、小さな、小さな拘りです。



「拘る」と言う言葉自体が些細な事に執着すると言う意味ですから

文字通り、拘りかもしれません。



それが、この挨拶。



「お世話になっております」



どこの会社でも、どの営業さんでも、出入りする取引業者の方は、

ほぼ、この挨拶を使います。




ですが、武内の場合は若い頃から厳しく、この言葉については指導

されました。



飲食店がお客様に対して、決して使う言葉ではない・・と言う事です。



お客様に対して、食事やサービスを提供するのが我々の仕事であって、

「いつもお世話様」なんて言う言葉を掛けて頂くとすれば、それは



お客様から我々への言葉であります。



サービスを提供する側から、お客様に対して決して使う言葉ではない、

と言うのが、叩き込まれた教えでして、



出入りする取引先、サービスやシステムを提供する会社の営業職が

我々に、「いつもお世話になってます」は、あり得ない言葉です。



とは言え、言葉は時代や環境、文化によって変化します。



「ら」抜き言葉や、褒め言葉としての「ヤバイ」、「超」の使い方などなど、



漢字が日本に伝わり、かな文字が進化して以来、言葉は変遷を

重ねてきました。



「お世話になってます」がどちら側からも使われる便利な挨拶として

正しいと言う認識になりつつあるのも感じます。



ですが、無頓着に、何も考える事無く、使う言葉ではない・・と、言うのが

現在の心境です。



証拠に、言葉を紡ぐことを生業にした人で、この挨拶を使う人は

ほぼ間違いなく、何も考えていない文章を出してきます。



webの広告関係の会社、クーポンの販売サイトを作成する製作部の

人間であろうと、考えたフリをした何も考えていない文章。



結局何を伝えたいかが、全く分からない、ありきたりの文章に失望

する事が非常に多いです。



「拘りの」「厳選の」「特選」「丹念に」「手間暇かけた」・・・



もう、この言葉を見ただけでウンザリと言うのが、最近の正直な気持ちでして、



あっと、話が逸れました。



とにかく、どんな環境、いつの時代に有っても、無頓着にどうでも良い

使い方が出来る言葉はない。


常に、しっかりと学び、大いに考えて・・言葉と言う難解にして便利な

文化を形成・発展していくのが人間の使命であり、



複雑な言語を持つ、日本人の使命だと思います。